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TRPG関連のお話

甘い世界

キャンディと聡海

 

  無実の罪を着せられて4年も刑務所にいたせいで、彼女の20代はもう終わりを迎えようとしている。本当はもうこんな格好、叱られるような年齢だけれど、彼女には関係のない話だ。姿形に無理は見当たらない。誰も違和感なんて抱かない。
 青色のリボン。ふわふわ動くクリーム色の髪。大きな目の中央を陣取るハート。
 夢の中の住人のようだった。何故なら彼女は夢を見ているからだ。
「……まさか汐乃が脱獄してくるなんたァ、世も末だなァ」
「お兄ちゃんひどいです!それに汐乃じゃありません、キャンディですー!」
「へえへえ」
 汐乃に兄と呼ばれた人物、聡海は辟易する。昔から彼女はそういう女ではあったが、4年ほど会わない月日があれば慣れも薄らぐ。しかし記憶のままの妹に、安心もするから複雑だと唸る。ほんとうにほぼ記憶を再現した『赤碕汐乃』がそこにいたのだから。
 ほぼ、と付くのは、汐乃の一人称がキャンディという別人のものになっていたからである。
 汐乃によれば、キャンディは『誰からも愛される世界で一番可愛い女の子』らしい。これは彼女が一連の犯罪を行った原因である『幸せになりたい』という漠然としたものから来ているのだろう。聡海は彼女の態度を見てそう思う。
 だから彼女は夢の住民なのだ。
 ユニコーンが懐き、誰もが愛おしく思い、神の寵愛を受けたかのような。脳内麻薬を自らの精神で精製することに成功した末路がこれだったらしい。まあこれで二度と犯罪をしないなら、と自分を諌めることしか聡海には出来なかった。
 これがいつ本来の『赤碕汐乃』に戻るかも分からないので、恐ろしくもあるのだが。
「……まぁ何方でもいいか…」
「何がですか?」
「何でもねえよォ〜、そのタルト美味いか」
「おいし〜い!」
「そーかそーか、そりゃあよかった」
 ぽんと頭を撫でてやれば嬉しそうに笑う。どれだけ頭をおかしくしようと、血を分けた妹が可愛くない筈がない。撫で心地よく整えられた髪を擽って、天真爛漫な笑顔を眺める。
 幸い、聡海自身も独り身だ。このまま自分の妹とは思えない程に可愛らしい妹と、自ら経営する飲食店を細々するのも良いのかもしれない。他にあてがないわけではなかったが、そのあてのことを彼はあまり良く思っていなかった。
 嘘で出来た汐乃が、再び不幸せだなんて思わないように。そう思えばどんな事でも出来そうな気がした。
 たとえ抱きしめた腕の中で、汐乃が薄く笑っていたとしても。