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TRPG関連のお話

快晴

プレイシナリオ:庭師は何を口遊む

@nmcnre @mamesibakoo @shake_no_kirim1

 
 小さな子供のように泣き喚く自分を表層に出すことほど、現在難しくなってしまったものはない。それはいい歳をした大人のすることではないと、大衆の常識が語っているからだ。
 漸く与えられた兄の墓に花と線香を添えて祈る。祈る仕草を取るだけで、何を祈るかなど考える余地も無いほどに虚ろであった。彼方に行かせて寂しい思いをさせているだろうと考えると内心込み上げるものがあるが、先述のこともプライドもあって涙を堪えてしまった。涙の餞すらこの身体は拒んでいる。
 いっそ雨でも降ってはくれまいか。見上げた空は快晴であった。
「…………」
「おや」
 ばつの悪いと言うべきか、『げっ』という効果音が良く似合うと言うべきか、とにかくそんな顔をして後ろに強面の男が立っていた。多分突然消えた自分を探しに行けと言われたのだろう、つくづく運の悪い人だと内心微笑んだ。
 今日は元々、兄と同じ日に死んだ同僚の納骨が主な行事だった。もののついでという訳ではないのだが、兄の墓への移し変えもこっそり今日行っていたのだ。行動を共にしていた同僚達に見舞ってくれと言うのも何だか可笑しな話の気がして言わずにいたが、やはり見つかってしまうものだ。
 探さないで欲しかった等と言う程、今は感情的ではない。
「また君に迎えに来させてしまいましたね」
「……それ」
「兄さんのです。 後々一人で手続きするとなると、手が動かなさそうで」
「そ……っすか」
 照る日差しが彼の顔に影を落としているように見える。今更そんな顔をしなくとも良いのにと、その言葉すら無駄だろうと飲み込み、立ち上がった。誰が何と言おうと、変わらぬ感情だってあるものだ。
「あげていきます?」
「……じゃあ」
「えっ」
 冗談のつもりで差し出した線香の束から数本抜かれて、提案したのは自分だったが驚いてしまう。彼の手は兄と同僚の死んだ時より大層無骨で、彼とて思うことが無い筈は無かったのだと独りよがりを思い知らされる。
 そのまま着々と火が付けられ、皿には倍の線香が乗った。白檀の香りが辺り一帯に広がり、死の実感をまた突き付けられる。
 彼の拝する様は真摯そのものであり、普段同僚の一人である女性にするような顔の片鱗は一つもなかった。その顔を見ていると、最早何を憎むことすら無駄であることが正解のように思える。
 しかし感情はその様には行かず、時折彼に対する負の感情が沸き立つ。これは捨てたくても捨てられない呪いのようなものだと、己自身のみが知っている。
「……君がそのような顔をするから」
「は?」
「あっ……」
 背後から足音があった。思わず振り返ると、しまったとでかでか顔に書いた女性と、その後ろから涼しい顔をした黒いスーツの男性が見えた。
「お、お、お邪魔しましたぁ……!」
「お邪魔してないですよ」
「俺たちもあげていっていい?」
「あ、はい。 どうぞ」
 束は抜きに抜かれて、先に見舞った女性の分も引かれていたこともありとっておくのが無駄な程僅かになってしまった。少し多いが何処かで折れてしまうよりはましかと、自分も残りに火を付けて皿に置く。
 祈る彼らの首筋を、日差しが焼いている。
 庭師たちも火葬されているのかもしれないと、同じく日差しに焼かれた頭で思う。少なくともその仮想敵に振り回されていた三年間は終わりを告げていた。庭師等は居らず、あるのはそれぞれの罪であった。
「すみません、皆さんにまで付き合わせてしまって」
「寧ろ言ってくれないのも水臭いんじゃないかな。今まで俺たちは彼に芳乃への想いを綴っていたのだし」
「それは……兄さんも少し困っていたかも」
「桐子も、思う所が無いわけでは、無かったので……」
 微笑を浮かべる二人に対して、彼は返事をしなかった。彼に対する言葉では無いと取られたのか、それともいつもの無愛想なだけであるかは分からない。ただ少しだけさびしさを覚えてしまったのだが、それを表にしない事など慣れたものだった。勿論、元々彼はそういう人だという事を4年の歳月で学んでいるからというのもあるが。
 斯くして兄を追った日々が終わり、また刑事である理由も無くなった。これからは上司の言う通り義務感と、それから飽きもせずくたばりもしなかったしつこい正義感で仕事をしていくのだろう。
「ふう、暑いね。 少し涼んで行こうよ」
「お、お酒は駄目ですよぉ?」
「禁酒するって言ったしなあ。努力するよ」
「偉いですチーフ……!」
「ふふ、じゃあきちんと見てあげないといけませんね」
 誰もが白と黒しか身に纏わないもので、まだ暑い季節でもないのだが上司はしっとり汗ばんでいる。誰も異論はないようで、乾いた砂の上をざりざりと言わせて墓に背を向ける。
 踵を返して歩き始める自分達を、彼は後ろから見ている。そのまま見送るというわけではなく、ただ自ら後ろを取って全員がその場にいるかを確認しているかのようだった。
 彼がそのような人でなければ、好きになろうだなどと思いもしなかったのにと恨めしくすらなる。彼をただ悪者にするには、彼という人物を知り過ぎたのだ。
 あんまりにも憎いので、徐に空をもう一度見た。大人になったお前が悪いのだと嘲笑うかのように、清々しい青空をしていた。