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TRPG関連のお話

相容れぬ人々

相容れたくないひと

君の胴の後日談ですが、庭師は何を口遊むのネタバレがあります

史と吉也

 

 

「あいつ、もうここに来ることは無いですよ」
 冷え切った取調室の中、背後から声がしたものだから振り返れば金髪の青年が此方を見ていた。眉毛や眉毛などの誤魔化し用の無い体毛すら金色に輝いている彼は、一般的な日本人より少し濃い顔をしている。
 彼は、史の待ち人とよく同席していた。待ち人は所謂事件の被害者遺族であり、彼はその事件の冤罪を被せられていた。彼が史の背後で警官服を着ていられるのは事件が冤罪であったと認められたからである。
 だが待ち人は、彼の罪を頑なに信じていた。今やその人の意見など誰も聞き入れなかったが、東海林史は熱心に話を聞くものだから良く怪訝な顔をされていたものだった。
 待ち人、間宮夜槻本人も彼を頑なに加害者だと言う割に、彼に殺意があった訳でも、明確な動機があったわけでもないということは供述からして解っていたようだった。それでも彼を共に取調室に呼び出して話をさせる理由に、史は心当たりがある。
 それこそが間宮夜槻に史がこれまで付き合ってきた理由であるのだ。否、勿論未解決事件等許す訳がないという彼の正義感から来たものでもあるのだけれど。
「あいつ、死んだらしいんです」
「そうでしたか。 今まで大変お疲れ様でした、華原さん」
「……っす」
 史は努めて穏やかな笑顔で彼、華原吉也を労った。彼は冤罪を認められた以降も今も、変わらずばつの悪そうな目で史を見つめていた。史がこれまで夜槻を受け入れていたことは、吉也の無実を否定するような行いであることは否めなかった故に、致し方ないことかもしれないが。
 しかして夜槻の為に用意していたお茶菓子等を余らせてしまった。史は逡巡して、自分の向かい側にあった椅子を引いて吉也に座るように促す。
「……珈琲が勿体無いので、これだけでも飲んで行かれませんか」
「なんかすみません、頂きます」
 硬い音が地面で擦れ合って、史より幾分か背の低い青年がそこに腰を落ち着けた。それを確認した後史も元の椅子に座り、まだほのかに湯気の立ち登る珈琲に口をつけて言う。
「私と彼女の我儘で、君には大層我慢を強いてしまいました。 本当に申し訳ございませんでした」
「や、東海林さんが謝ることではないっす」
「私も謝るようなことです。 彼女に共感して君を余り庇わなかったのは私なんですから」
 にこりと形ばかりの微笑を浮かべた史を見て、吉也は肩をすくめた。これは愛想でしかないと思えるその顔が、吉也には余計に恐ろしく思えた。
 長年の重荷が少し降りたと、史が以前話していたことを吉也は朧げに思い出した。その頃、史の上長が逮捕されたとも聞いた。二つの要素が浮かべる表情を合わせると、奇妙ではあるが関連がないとも言い切れない気がする。何があったのかなんて、恐ろしくて聞けやしなかったけれど。
「的場さんが逮捕されたでしょう? アレの切っ掛けになる出来事の時、私は的場さんを殺そうと思ったこともありました」
「……えっ」
「同僚のことも、殺したいまでは行かずとも酷く憎んでいます」
 微笑は崩れない。
 夜槻は、列車内の事件で兄を喪っていた。史もまた、『庭師』に関連する事象の中で兄を殺されていた。どちらも怒りのやり場など最早何処にも無く、諸悪の根源と言えるものは見つかっていない。史が夜槻の供述を懸命に聞いていた理由はそこにもある。
 少し似ていたのだと、史一人が知っている。抱えたままでは自壊してしまうことも、当てつける先が間違っているのだということも。
「愚かしいと分かっていても、人を憎まなければ生きていけない人間も存在するんですよ」
 史の表情は穏やかで、何もなかった。苛烈なまでに吉也を憎んでいた夜槻も、このように考えることがあったんだろうか。吉也にはそれが綺麗な同情の様にも見えたが、それについての思考は詮ないことだとも思えた。
 吉也には冤罪を吹きかけられても、それを永遠に詰られても、相手に怨みを抱いたことはなく、ただそれは違うのだと否定することしか出来なかった。彼らの様な苛烈な感情を抱けなかった時点で、この点はきっと分かり合えない。
「許し方が分からないんです。 気にしていないと言えば嘘になるので」
「俺が犯人じゃないって分かっててもっすか」
「そう、君が悪人じゃないと分かっていても、君が悪くなければ次は自分です。 でもセルフネグレクトも愚かな事だって、研修を嫌というほどやらされた君なら分かるでしょう?」
「そんな理屈認めらんないっすよ」
「そうでしょうね。 それでいいんです、自分に降り掛かる理不尽を嫌っていいんです」
 史がマグの中身を嚥下すると、もう中身は落ちて来なくなった。いつの間にか一気に飲んでしまっていたようで、空白の筒を見て漸く平静さを失いつつあったことを理解する。
 時間切れだ。腰を持ち上げると、眉根を寄せた吉也と目が合った。史は夜槻と共に何度となく吉也と会話をしたことはあったが、これ程不満の様なものを浮かべている彼を見たことはなかった。
 これは今やこの世に居ないらしい彼女が欲しかったもので、自分が貰っていいものではなかったなと、史はくすりとこの場で初めて本当に笑った。
「伝えに来てくれてありがとうございました。 良ければまた、今度は君の話を聞かせてください」
「え~、別に面白い話は持ってないっすよ」
 吉也はぎこちない笑顔を浮かべるので精一杯のようだった。史と逆に一口も珈琲を飲めなかった彼は、その場で温くなった黒く香ばしい飲料を飲み干して、蒸せながら史と共にその場から退出した。