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TRPG関連のお話

メリポナの女

ソープスクールげんみばつ

揺と御上

 

 ねえ先生、私悪い子だったみたい。
 悪びれもしない顔で、甘ったるい声を用いて彼女は私に言った。
 彼女は過去、私が教育実習生だったころの生徒だ。教育実習生と名乗れる程度には私は若く、また彼女はどこか蠱惑的な美しさを持つ人だった。
 そして、私は女にしか欲情できない性であることを、彼女の身体でもって知らされた。確か、誘い文句は「私と遊んでも、もう犯罪って言われないわ」だったか。偶然生活圏が近かったから、教育実習が終わっても顔を見かけることは度々あった。そして彼女が卒業して誘いを持ち掛けられた頃、私は付き合っていた男と別れたばかりだった。
 きっと彼女はすべてを知っていたに違いない。私が傷心中であることも、男とまともに恋愛ができないことも。そして今はそのことを、ほんとうに悪びれず無邪気な顔をして言っている。
「御上先生と私の時みたいに、生徒に『そういう意味で』好かれてしまったの」
 甘ったるいバニラのような匂いが彼女の身振り手振りから醸される。彼女が学生だったときはカシスだったような気がするが、どちらも彼女によく似合う、いやになるほど甘い香りだ。
「助けてほしい人ってね、なんとなく分かるのよ。 どこかさみしそうで、少し優しくしてあげるとこちらを子犬のように見つめてくるの。 そうなると、どうしても何かしてあげたくなっちゃって」
「で、平行何人なんだ」
「三人だったかしらねえ」
 こともなげに言うのが恐ろしいが、実際彼女と共に過ごしていた時期もそうだったらしい。理由は上記の通りである。
「もう、そういうのはやめたらどうなんだ」
「だめなの? つらそうにしている所で勝手に消えて、自殺なんてされたくないのだけど」
 ふわふわと踊る声が陰った。彼女に聞かされていた、件の生徒との結末を思い出す。
 自殺。
 彼女のルールに則って、その生徒も何かしらを抱えた子だったらしい。飛び降り自殺と聞いている。確かにそれは彼女にとっても辛いことではあるだろうが、だから不貞を行っていいというわけではない。このような説教を垂れたくなってしまうのは、教壇に立つものの宿命だろうか。それとも、過去彼女にそうされた私が、彼女に言われていてほしかった言葉だろうか。
 しかして不貞を行っていないだけであって、前者の『生徒と関係を持つ』という行いは私が今立たされている崖だ。とやかく言える立場ではない。
 私にこれ以上言える言葉はなく、短い溜息を吐く。
……平行がバレて自殺されたらどうするんだ?」
「そうねえ……うんと甘やかして忘れさせる?」
「悪魔か魔女か……
 彼女はうふふ、と砂糖菓子のような声で笑う。私が隣にいた頃となんら変わりない、女性的で柔らかい笑みだ。
 この笑みが、顔こそが恐ろしい。彼女なら己を受容してくれるのではないかと、至らないところまでを併せて愛してくれるのではないかと、そんな気にさせられてしまうのだ。実際はそのような態度を誰にでも取るにも関わらず、自分だけにと信じてしまう。
 私は彼女が恐ろしかった。だから関係を断ったのに、『教職のよしみ』で未だにこうして逢瀬してしまう。そのような感情は断ち切ったのに、声をかけられれば断れない。麻薬、毒、呪い、どれもお似合いの言葉のように思えた。
 溜息が再び出る。それを耳で拾った彼女が、可笑しそうに言う。
「でも御上先生、そう言いながらこうして私の相手をしてくれるじゃない。 まだ私のこと、好き?」
……悪魔だな」
「かわいいでしょう、貴方からすれば、ずっと年下の少女だものね」
 バニラがまた香る。
 小首を傾げてほほえむその様は、それが悪魔のする誘惑のような仕草であるにも関わらず、彼女の言うようにどこか寂しそうだった。

 

 

 

……

 

内間揺:ソープスクールHO3

御上新:女しか愛せない教師

メリポナという蜂は、バニラの花を受粉させる蜂なんだそうな