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TRPG関連のお話

けものの背がまるい

プレイシナリオ:ひるなかの拷問

シナリオのネタバレはほぼありません

@osacana_3

 

 人の気配を感じて彼が寝室の扉を開けると、布団にこんもりとした膨らみがあるのが見えた。この家では犬も猫も飼っていない、しかし厳めしいスーツの袖を抜いた彼は、その膨らみに心当たりがあった。この家では、時に勝手口を開いて我が物で闊歩するものががいる。凡そはそれか、朝にそのまま放り投げた寝間着程度だろう。
 一つ息を吐き、ゆっくり掛け布団を捲るとそこには女の形をした蛹があった。黒い翅が伸びた、烏揚羽のような女であった。それを蛹と呼ぶのは、綿の幕の中でくるりと丸まって佇んでいたからだ。
 ゆるりと瞼が開く。眠ってはいなかった、夜の窓を開いたように、睫毛に縁取られた満月が一対。
「お帰りなさい」
「ただいま」
 今に始まった事ではない故に、さも無い調子で挨拶が交わされる。彼がすとんと腰を下ろすと、猫が跳ねるように彼女の体躯も跳ね、着座の形に整った。
「布団温め屋は閉店かね」
「元から寝てないもの」
「だろうな」
 放っておくと丸くなって休息し、その横に彼が来れば伸びやかに眠るという、奇妙な癖。今日もその例に漏れず彼女は丸くなって息を潜めていた。今やすっかりと目を開いて、伸びをする声が届いてくる。
 彼女の様子に穏やかな目をした彼を見て、彼女ははてと首を傾げた。愛玩動物のような、愛らしくて無垢な動作だ。暫くそうして菫の色を見ていたが、ふいと興味を逸らして口を開く。
「ご飯は?」
「外で済ませた」
「じゃあお風呂? 先頂いちゃったからまだ温かいと思うわ」
「そうかい、じゃあ冷める前に入るとするか」
 くっと持ち上がる大きな身体が風呂場に向かう。寝室の扉を潜ると、背後から付いてくる気配があった。無論今しがた先に風呂に入った等と言った彼女だ、何を言うでもなく彼が振り返っても、口を開くことはなかった。
 一心に射抜くこの眼に、何度余計な口を開いてしまったかわからない。咎めの一つもないこの視線に、何度当たってしまったかわからない。雇用関係以上のものなど不要であったはずだ、これでは様式美だ。どうにかできるものならば、機械仕掛けの神だって崇めてみせよう。
 一切は過ぎ去っており、後の祭りでしかない。
「なんだ、一緒に入るのか」
「…………」
「湯も布団も冷めるぞ」
「……寒いからもう一回一緒に入るわ」
「はいはい」
 一人暮らしには少しばかり広い部屋も、二人歩けば妙に狭い心地になる。冷えたフローリングが熱を奪い、湯船が余計恋しく思えて足取りが早くなった。この冬は少々雪が多く、慣れない寒さは身の千切れる程だ。
 風呂場のバスマットは硬い床よりかは温かく思える。先程の供述通り、少々濡れていた。残り少ない衣服も手に掛けた彼に、細い声が投げかけられる。
「脱がせて」
「……はいはい」
 彼女にお構いはない、丁度最後に彼が手を掛けたのは下着だった。これでは情事の手順のように見えるが、空気に熱は無く何処までも冷えた心地だ。幾ヶ月かぶりの彼女の裸体はやはり流行りの細く折れてしまいそうな線を成していて、大ぶりに作られた彼の手で掴むことは憚られるようだった。
 さあ行った行ったと言わんばかりに、彼女の肩が軽く押される。しかし彼が最後の一枚を脱ぎ捨てても、彼女はそこに立ち尽くしている。仕方ないので腰を持ち上げて連れ込もうとすれば、月が海に浮かんでいるのと目が合った。
「どうした」
「徹ちゃんが隣にいない冬って、風が染みて寒いわ」
「……悪かったよ」
「夏は日除けがなくて暑いし、春秋はやっぱり風が染みるの」
「はは、そこまで行くと業務外だ」
 やはり獣がそうするように、厚い身体に収まった体躯はまるくちいさくなっていた。これを抱えたままでは入水自殺でもするかのようだ。それにこの状態ですっぽりと入れるほど湯船は大きいものでも無かった。
 そこをぎゅり、と彼の頬が抓られて、その隙に抱えた魚は湯船に逃げる。横顔は悪戯な笑みに歪められており、先程までの片鱗はない。勿論体躯は丸いままだが、それは体積の違う二人分が入るように縮められただけだ。温められ始めた肌が湯に透けて桃色に見える気がする。
「風邪ひいちゃうわよ」
「それもそうだ」
 足元で小さな洪水が起きた。温度が温かったものだから、給湯器が働き始める。浴室の全てに鞭打って、彼女の顔が笑んでいるのを見て、彼も笑った。