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TRPG関連のお話

カーテンコールに役者不在

住吉姉妹

 

 

 今年の終わりが目の前にまで来ています。
 妹が家を出て、1年くらい経ちました。
 友人が死んで、2ヶ月くらい経ちました。
 それでも、私は生きています。

 

 去年のクリスマス、妹の部屋に『今日からロケ行きます』という書き置きがあったのを見つけた。破ったノートの切れ端に、安い水性インクペンで殴り書いた文字が、何かをこぼしたみたいに滲んでいるのを見て、きっと龍司さんみたいに帰ってこないんだろうと察した。
 それをすとんと受け入れたのは、当時の私が気をおかしくしていたからだということは、いい加減に分かっていた。だから誤魔化しの引退会見も、涙の一つすら出せなかった。妹は病気だということになっていた。
 少し経って落ち着いてから、父の紹介で面接した図書館に結弦さんが居たことは、救いになったかもしれない。ひとりぼっちじゃないんだなと、少しは思えたから。
 今は、友人で、……密かに好意を持っていたかもしれない人が死んだこともあって、どうしても気分は持ち上がらない。妹の友人だと豪語する元気な男の子や、素直じゃない所が何とも妹に似てる妹の友人、それから伯父なんかがちょこちょこと私の所に訪れて、励ましてくれている。その時、泣いても良いんだと事情を少し知ってる人は優しい言葉を掛けてくれるけれど、私は敢えて堪えてみせることにした。

 ……妹は自らの事をエンターテイナーだと称していた。自分に関わるありとあらゆる人間は、大前提として観客であると語っていた。
 そのせいだろうか、大きくなるにつれ私の前ですら激しい感情を表に出すことは無くなっていった。それを恥とすら思う節も見受けられた。もっと頼って欲しかったなって、普段姉ぶらない私は今更思う。きっと、妹のことを好きだった人間なら、誰だってそう思う。
 だから去年の夏に、少し甘やかしてあげられたことは僥倖だった。逆に言えば、甘やかしてあげられたのはそれが最後だった。
 全てがどうでもよくなって、全てを受け入れられても、無意識にそうしていた、あの日。確かに私は妹のことを愛せていた。理不尽を嘆く妹を手助けしてあげられた。これはきっと、私が姉であった故の特権だ。

 私が泣くことをしないのは、妹の世界を少し見てみたかったから。明るく振る舞う私を見た世界は、どんな顔をするのかと思ったから。
 私が笑顔を作り、大丈夫だと言ってみせる度に人々は心配そうな顔をする。無理してるんじゃないかと、そう窺ってるのがありありと理解できた。妹の見ていた世界は、妹の目指した世界とは離れているような気がする。
 しかしその反面、私は本当に大丈夫なような気がする。根拠なんて何処にもないけれど、大丈夫だと口にすることで、自分で自分を励ませている気分になれる。勿論大丈夫じゃない時もあったが、その時は泣き顔を人に見せないようにした。正直辛いなと私は感じたけれど、きっと妹の場合は辛いと思っていることを知られるのが恥だったのだろうと、ふとそう思う。
 いつしか、周囲の人々は私のことを強いねと言うようになってきた。別に強くはないけれど、人に肯定されるのは悪くない気分だ。勿論辛いから、妹はこんな時どうしていたのだろうと部屋の中を探したら、愚痴や罵詈雑言の山程書かれた紙くずが見つかってクスクスと笑ってしまう。
 妹の真似をする姉を、演じている。

 

「……ねえ雅紀ちゃん、お姉ちゃんいつまで経っても元気になれてないや。やんなっちゃうなあ」

 妹の部屋で、妹の置いていったものを見返しながら、誰もいない部屋でそっと言う。
 それこそ雪のように消え入りそうな声。
 時間を浪費するように過ごしているのに、命はこんなにも磨り減ったような感覚になる。私と関わった人が次から次へと死んでいく。あの館で得た呪文は何の役にも立たない。
 かみさま。

「私、何か悪いことしたのかなあ…」
「何言ってんの白穏」

 ……横を向けば、見たかった顔が、見知らぬ顔を連れて鎮座している。
「え?」
「白穏何であたしの部屋にいる訳?なんか探し物?」
「いや、ちょっと、なんで」
「あー、ほら。何も話せないまま出てったでしょ。今日はいいよってお許し出たからちょっとだけ」
 妹が親指を指す方向にはその見知らぬ顔の女性がいて、彼女が軽く会釈する。私も会釈をすると、彼女は妹に何か告げて部屋を出ていった。
 妹はそのまま部屋の扉を閉めて、私に向かって腕を広げる。少し顔色は悪いけれど、私の記憶の中にあるそれと変わらぬ笑顔をしている。
「ただいま」
 頭上から、そんな声がする。

「うえ、」
「っ、まさきちゃん」
「まさきちゃ……」

 妹の身体は異様に冷たかったが、脈動していた。血を通わせて、器官を機能させ、その出口にある顔が笑顔の形を象る。その結末にある声帯が、溌剌とした言葉を再生する。妹は生きている。
 私はただの姉に戻ってしまったから、泣いている。
「いや何も説明できなかったのが悪いけどそんな!?ねえちょっと!」
「ゔーっ……らってぇ……」
「あーもうほら、鼻出てる鼻」
 妹がすかさずティッシュに手を伸ばそうとするから、阻止するように腕の力を強める。困惑するような声が聞こえるけれど、気にしないことにする。だって、私は一年この妹から放ったらかしを喰らったのだから。
 真似事をしてもそれにはなれないものだなと、この妹を見ても、私自身を見ても、つくづくそう思う。
 ただの女の子から女優になれても、女優からスーパーヒーローになんてなれやしない。ましてただの司書である私が、1年ぽっちで女優になることなど、到底叶わないのだ。女優だなんて名乗れば誰でもと言うかも知れないが、今の私はそう思う。
 頭のいちばん上に重さと温もりがのし掛かっている。

 あと数時間で、今年が終わる。
 時よ止まれと、叶わぬ願いを伝える神さえ居ないけれど、途轍もなく幸せな時間だ。