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TRPG関連のお話

アンチヒロイズムの葬儀

ほんとはいつか和解すればいいとも思ってたんですけど無理でした~!

凜花を視点に置いてます

 

プレイシナリオ:天使は誰だ

 

『ずっと話そうと思ったことを手紙にしようと思う。
 きっと、俺がこの口で話す日はないだろうから。』

 

 

 

 旭田利一が死んだという訃報が家に届いた。月に一度程電話で話すことはあったが、あの子のようにもう少し頻度を増やすべきだっただろうか、とまず後悔した。
 神様に仕える身でありながら、その祈りの無意味さを疑う。
 祭壇に置いた燭台の蝋燭は、慰めるように暖かな光を揺らめかせているが、やはり無意味だと感じる。
 それほどに、教会に届いた棺桶は虚無を空間に運んだ。

 

「きいちゃん、なんで? みちるもっとちゃんと、話聞いてあげようとすればよかった?」
「パパとママみたいに置いてかないで」
「みちるのこと好きになれなかったのはとっくに知ってるから大丈夫だよ……」

 

 あの子の凭れる黒い棺桶が水滴の受け皿になる。
 中で眠っている弟の頭には小さな洞がひとつ開いていた。確か、死因は拳銃による自殺。目を閉じて、涙を一筋流していたと。
 形見は一切残らず火葬されるらしい。機密が漏れるのは避けたいのでご協力願います、と無機質な台詞を半分意識のない頭で頷いた覚えがある。
 正義というより、歩く機密金庫。
 弟の目指したものとは結局違うものになった。

 

『俺は正義になりたかったらしい。 正しい人になりたかったらしい。
 だからみちるを家に連れ帰ったはいいが、きちんと向き合って断ることすらできなかった』

 

 弟が正義になりたい理由なんて、私自身は聞いたことがない。それどころか、多分誰にも言ったことがないんじゃないかと思う。
 あんな何も思ってないみたいな顔をしていて、様々なことを同時に考えるような人間だったから。
 私自身も弟の手紙を読んで初めて知った。多分、あの弟は思ったことを言うのは早くても、考えていることを言うのはかなり遅いものだった。
 弟のことをまた一つ知った。 けれど、もう先はない。
 棺桶の蓋を開けて、あの子が可愛らしいキスをしている。

 

「……最後まで最低な兄貴だったな」

 

 もう一人の、利一の下の弟である佑都がそうごちる。
 苦虫を噛み潰したみたいな凶悪な顔をしているが、これが利一へ対する憎しみによるものではないことが何となくわかる。
 確かに利一のことを嫌う言動はよく聞いていたけれど、本気で兄妹を恨むようなことをできる人間ではない。
 こういうところは兄弟だ、なんて言えばきっと引っ叩かれるんだろう。
 振り上げることが常のその手は、冷え切った白い手を取ったまま静止している。

 

『凜花に相談することをしなかった。佑都の訴えを聞かないふりをした。
 臆病で、自分が傷付くことを、欠けることを恐れた。』

 

 弟は、こんな手紙を書いて一体いつ渡すつもりだったんだろうか。
 或いは、死ぬ日まで話すことはないともう既に諦めていたんだろうか。
 その答えを持つ唇は既に紫色をしていて、永遠に血色付くことはないどころか、これから火の中に消えていく。
 神の御許へ送られるのだと整えられた死体は、眠るように穏やかできれいな形をしていて、棺桶の中から拾い上げれば目が覚める気さえした。
 しかして、私ですらその奇跡を起こせるほどの正義ではない。
 だから、棺桶から離れない兄弟たちを剥がして、最後の行までしっかりと読んだ手紙を放り入れ、蓋を閉めた。
 閉めて、

 

『どんな物語であれ、ヒロイズムには自己犠牲が結びつく。
 俺はきっとこの世で一番自分が愛おしい。
 俺の憧れた偶像は、いつだって自分以外の誰かが愛おしかった。』

 

 ああ、この黒い箱から手を離せない程には私も臆病であることを思い知らされる。
 この手さえ離せば弟は神の御許へ昇り、復活の日まで安息の日々を送る。
 それはこの場にいる全員が、弟が天使の祝福を受け、この世を離れることを認めることになってしまう。
 天使に連れていかれてしまう。
 周囲から聞こえる宥めすかしの台詞、ただ悲しむ息遣い、そのすべてが今は煩わしい。煩い、煩い、うるさい!!!

 

「……少し黙っていてくださらない?」
「別れを惜しむことがそんなに悪いことなんですの?」

 

 この頼りない、祈りを捧げることにしか能がない手のひらでさえ、叩きつけて威圧するには十分だった。
 周囲の空気がさっと凍り付き、私を見る。
 普段から勤めている教会の同僚が、家族が、神父様が、一様に驚いた顔をして私を見ている。
 一体どんな顔をしていると言うのか。
 どんな目をして周囲の人間を見ていると言うのか。
 確かめるには人間の瞳という鏡が小さすぎる。けれど、いつもの笑顔で居られてはいないんだろうと感じる。
 否、もう蓋を閉めたということは、別れは済んだという合図になることくらい私も知っている。知っては、いた。
 それでも手が離せない。

 

 離せないから、自分で棺桶を火葬炉に押し運ぶ。
 火葬炉前までなんて然程距離もないのに、道が永遠のように感じられる。
 次第に他人の手が棺桶に添えられ、押され、その永遠は終わり、燃え盛る火葬炉の前まで辿り着く。

 

 ああ。

 

 貴方はどうであれ、私は貴方を間違いなく愛していたのに!
「Requiem aeternam dona eis, Domine…」

 

 

 

『終ぞ、家族として愛することさえできないまま、俺は生涯を終えるかもしれない。
 それでもきっと俺の家族は俺を愛してくれることが、ありありと分かってしまうことが心苦しい。
 だからどうか、俺のことを嫌っていてくれ。
 ごめん。
 形だけでも、愛していると書かせてください。

                                       旭田 利一』