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TRPG関連のお話

似た者姉弟

本人未出演ですがこれにて閉幕

 

プレイシナリオ:孤独の密室

 

 号外、号外。街中に散らばる号外。掴んで見れば、7月4日。東名高速道路から大型バスが転落。乗客40名行方不明。行方不明者の一覧の中に、姉貴の名前を見つける。ああ、あのちゃらんぽらんな姉貴の悪い癖だ、こうやってすぐ家族を心配させる。それを模倣して終ぞ帰ってないのが俺なのだけれど。
 当然と言えばいいのだろうか、姉のスマホには繋がらない。代わりに親父から電話が掛かってきた。多分、姉貴の私物死にものぐるいで漁って見つけたんだと思う。曰く、自ら志願して捜索グループに入ったとか何とか、お前もいい加減帰ってこないかとかうんたら。今更あの家になんて帰れる筈がないのに何言ってんだろうなあ馬鹿親父。刑事の親の元に帰る怪盗の息子なんて居たらマジでギャグになっちゃうわな。
 でもこれで俺があの家に帰れる理由は無くなったのだと思うと、少し寂しい気持ちにもなる。悪い思い出ばっかだったわけじゃあないもの、恋しい気持ちもちょっとはある。それにこれで、俺を砂上晴子だと結び付けられる人間も居なくなった。すごーい天涯孤独じゃん。いや、怪盗団の仲間はいるけどさ。
 仲間によりゃ怪物に乗っ取られていたらしい俺だけど、怪物が俺を選んだ理由は何となくわかる気がする。こういう、付け入る隙があったからだろうなって。

 何だか心にぽっかりと、穴が空いたみたいだ。
 煙草を一本取り出して、誰もいない海の方へ向ける。ライターで火を付ければゆるりと湧き出す紫煙が、遠くへ消えていく。
 ライターと煙草を手放した指が寂しくて、耳についているピアスを手持ち無沙汰に弄る。持ち物をあまり持たなかった姉貴の遺品が、ちっぽけなピアスになっちゃうなんてさあ。本当に何が起こるかわからない人生だ。
 こんなに悲しい気持ちになりもするのに、流す涙の一つもないなんて、凄いよねえ。どうしてなんだろうね。
「……ああ、もーちょい姉貴となんか喋っときゃ良かった。ああ見えてかまってちゃんだもんなあ、あの人」
「いや、あの酷い放浪癖のせいで間違いでカウントされてんのかも知れないし。どっかでひょっこり出てきて」
「出てきて、……」
 ああ。
 こんなにあっさりと、あの人は死んだんだろうなんて思ってしまう、冷静な自分の頭に心底嫌気が差す。何処かで生きていると希望を持てればどれだけ自分が救われただろう。どっかでのらくらビッチやらかしてんじゃないかなって能天気でいられれば、どれだけ。
 心配かけやがって姉貴の馬鹿野郎、なんて言えたなら、どれだけ。
 どうせあたしなんてって、どっかでぶーたれてんだろうに、こういう時ばっかり何もできないとなるとさ。神様とかいう奴が人間を愛してるとか嘘だよねって思う訳なのよ。誰だってあるでしょ、似たようなことは。

「ちょいとそこの兄ちゃん」
「……ん?俺??」
「そうそう。おお、部下に探させた甲斐があったなあ〜パパとおねーちゃんに微妙に似てる」
「いや、誰さあんた」
「私? 私は葉山泪。お前の姉ちゃんと一緒のとこで働いてたりしたの。親父さんが俺じゃ会いづらいだろーからーって」

 目の前に白衣がたなびいている。
 もう少し上を見上げれば、結構綺麗な…しかし何処かがさつそうな女性が、人の良さそうな笑顔をして立っていた。
 隣に座ってくるショートカットの女性、葉山さんは、俺が煙草を吸っているのを見て、調子良さげに煙草を取り出した。あの姉貴の知人と言うだけあって適当そうな顔をしているのに、吐いた煙からは甘い香りがする。
 じっと見ていると、「だいじょびだいじょび〜、パパとママには言わないでおいとくよ」なんて軽口を叩き出して、葉山さんは海を眺めた。俺の心情とは裏腹に、夕焼けがきらきらと反射していて絶景だ。憎らしいくらいには綺麗なものだから、半分くらい吸った煙草を海に投げ入れる。ジュッ、とかショボい音を立てて、水面を漂っていく。
「やさぐれてんねえ、シスコンだったの?」
「え、あんなのに対してシスコンやってたら心臓幾つあっても足んないよ」
「あはー、わかるわかる」
「…いや、なんかさ。俺は全然落ち着けねえのに海は綺麗なのがムカついた」
 煙草はやがて何処を漂ってんだか分からなくなる。
 一体この人は何の為に俺の元へ来たのだろう。何を話すでもなく、たまに茶々や相槌を打って、のんびりと時を過ごしている。やがて空は藍色に染められていくようで、ちらちらと星が瞬き始めている。

 このまま、あの煙草みたいに漂ってみようか。

 ふと思いついたことは、何だかあのバカ姉貴が考えそうなことだった。心配してくれる誰かのことを試すように、そういうことを言い出す女で。
 無意識に海へ乗り出しかけた身体に、声がかかる。

「そういや楼華が言ってたなあ、弟が怪盗なんて馬鹿なことしてるって」
「……あー、よく言ってた」
「怪盗ってさ、どっかの3世みたいに警備くぐり抜けたり拳銃避けたりとかする訳じゃん、あの弟確かに要領はいいんだけど、結構人が良いから無理だと思うんだよねって」
「漫画の読みすぎ」
「正直私もそう思うわ。一切違うとも言えねーんだろうけど、要はコソ泥だもんな」
 まあだから悪徳金持ちから巻き上げる専門の怪盗してんだけどね、とか一応言い訳したけど、姉貴はつらつらと怪盗稼業の危険性とかを述べ連ねてきたもので。そーいうとこは親父と一緒なんだなあとかどーでもよく思いながら話半分に聞いていた。
「でもとっととやめりゃあ良いのにとは言わなかったなあ」
「……言ってないんだ」
「そりゃお前、自分だって散々好き勝手してるのに弟にそれ言うとかないだろ」
「姉貴も大分好きなように生きてたもんなあ」
「ホント、うちの大学も呆れてたよ。……でもさ兄ちゃん、あんたも自分を大事にしなよ、少しはさ」
「無茶なんてしてないよ」
「バケモノ騒ぎのこと、楼華に言ってなかったろ」
 声にならない唸り声を思わず出してしまった。
 ふと振り返れば、煙草をふかしながら全て知ってるとでも言うような様子で、俺を狼の目で見ている葉山さんがいる。

「ま、きちんとしたことを知ったのは私もつい最近だけどな、ブラックダイヤモンドとオカルトの関連を調べ始めた辺りこいつ転職かなと思ったわ」
「……いや、だって終わったことなのに言ったってどーにもなんないじゃん」
「お前だって今楼華を助けにいく手段があるのなら形振り構ってないんじゃないか?」
「それは、……」

 否定をすることは出来なかった。
 助けに行けるのならとっくに行ってる。でも俺の立場では無理だろうし、多分もう死んでる。俺ははっきりそう分かってて、無駄な行動をしてないだけ。もっと可能性があるのなら、怪盗団の仲間に書き置き一つでもして何処かに消えていたと思う。
 心の中で、俺が居なくともあの怪盗団は回るだろうと思っている節があったのかもしれない。姉貴の嫌な病気がうつったかな。
 とかく、完全に手を止めた俺を見て葉山さんは何処か満足そうに笑う。それから立ち上がって、くるりと背を向ける。翻る白衣は、夜に染まって灰色のように見えた。

「ああ、そうだ。親父さんから一つ伝言」
「『俺が助け出してみせる』ってさ」

 葉山さんが立ち去っていく足音がする。
 水面にぽたりと、小さな跳ね返りの音がした後、消えた。