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TRPG関連のお話

CoC:住吉雅紀のその後

おねえちゃん添え

 

プレイシナリオ:蠢く島

 

「兵治おじさんに口内炎のお薬、出してもらった方がいいかもねえ。それから歯医者さんと…消化器内科かなあ。病院代、いっぱいかかっちゃうなあ」
 白穏があたしの口の中を見てそう言った。冠島から帰ってしばらくしてから、食べても食べても満たされない感覚と、異様なほど伸びた犬歯はやはり戻らない。あたしが生き返ったことと、何か関係があるんだろうか。姉や叔父、知り合いにも頼んで本を調べてもらったけれど、めぼしい本は見つからなかった。
 そも、あたしの話を信じたのは姉の白穏を初めとした家族、叔父、それからうざったいジャーナリストの男だけだった。当たり前と言えばそうかもしれない、確かに現実の出来事ではあっても、そう簡単に信じられるような話ではなかった。社長と会長が亡くなったことで軽い事情聴取を受けている時も、受け入れてもらえそうな所だけを掻い摘もうとすることすら出来なかった。
 一週間くらい経った後、あたしは異変を隠しながらも女優生活を再開した。取り繕うことは得意だし、皆特に何も感じることなくあたしを出迎えてくれたから、そのうちこの違和感も忘れるだろうと踏んでいた。
 だけれどそうも行かなくなった事情がある。

 

「雅紀ちゃん、可哀想に……わたし、雅紀ちゃんより前におかしな経験したから、分かるの。きっと雅紀ちゃんは元には戻れない」
「そうなって泣くのあんたでしょ!いいから良さげな医者と件の本!探すの手伝ってよ!!」
「ううん、大丈夫。もし雅紀ちゃんがおかしなことになっちゃっても、今ならわたし、きっと受け入れられるから」

 

 穏やかな笑顔であたしにそう言う姉は、何らかの精神的ショックでおかしくなっているとか何とか、と精神科医に宣告されてしまった。
 これが初めてではない、白穏は何度か不可思議で悍ましい経験、あるいは夢を経ていると言っていた。確か最初にそんなことを言い出した時、誰かを助けることができなかったと嘆いていたのに、あたしが死んだときに動じないことなんてできる訳がない。だからまた『おかしく』なってしまったのはいい加減に理解できた。精神病棟への入院を勧められたが、あたしも叔父も家族も否定的だったのでこの話は流れた。
 流石に仕事は続けさせられないと家に置いているので、白穏は毎日家事をしている。その様子はいつもの姉と何一つ変わらないように見えるのに、目だけはやたらに澱んでいる。放っておきたい気持ちもあったけれど、雅紀ちゃん雅紀ちゃんと呼びかけられて無視出来るほど冷たくもなり切れなかった。
 自身の変化、姉の異変、それから過酷な競争社会である芸能界。それら3つを抱えて生きるのは楽なことではない。だけど実を初めとした他の招待客は何だか目がおかしかった気がするし、鎌柄夫婦はあまり刺激してはいけない気がするし、水渕さんはあたしが死体だったことを知っているかわからない。迂闊に自身の愚痴を言っていられる状況ではないと気付いたので、とにかく仕事に没頭するようにした。それでも度々現実に引き戻されて、溜息は最早量産されている。
 この生活を続けていることは出来ないと分かっているからこそ、あたしの異変を解決する手立てだけは探している。行動によって何とかできる可能性がありそうなのはこれだけだと思ったからだったけど、予想以上に手掛かりは掴めないまま2カ月程が過ぎた。叔父に泣きつく日が、少しだけ増えてきた。

 

「白穏、もう寝なよ。 あんまり起きてても嫌なことばっかり思い出すよ」
「えっ、でも今日まだボクシングの練習してないよ?」
「それはまた明日!明日叔父さんに手伝ってもらえるようにお願いしておくから、今日はもうお布団に入ろう!!」
「はーい…… なんだか雅紀ちゃん、おねえちゃんみたいだねえ」
「あんたがしっかりしてないだけよ」

 

 ぐいぐい背中を押せば大人しく白穏は布団に入った。「おやすみぃ」と間抜けな挨拶に返事をして扉を閉めると、力が抜けていく。
 全ては終わったことだから、思い詰めても仕方のないことなのは分かっている。けれど誰かに問い詰めたくて仕方なくもあった。

 どうしてあたしとハナさんだけは生き返らせられたんだ。どうしてあたしだけが野枝ちゃんは既に死んでいたことを知らされたんだ。どうしてあたしだけがおかしくならなかったんだ。どうしてあたしの目の前に、野枝ちゃんのような奴が現れたんだ。どうしてあたしの姉はまたおかしくなったんだ。
 どうしてあたしなんだ。あたしが何か悪いことでもしたのか。ただの偶然にしちゃあ、意地悪く重なりすぎてはいやしないか。

 


「……おかしいでしょこんなの!!怖くないわけがないじゃないあんなの!皆揃いも揃って安心した顔しやがって!!!挙句の果てに何だよ死んどけばよかっただなんて!!!だったら最初っから殺しときゃあよかったじゃねえかよ!!!!!あそこで死んでりゃあ、あたしだって、あたしだって……」
「雅紀ちゃん」
「……っ第一あの子供の格好した何かは何なんだよ!まるであたしや他の奴らを玩具でも見るみたいに言いやがって、どうせあたしがこうなることも予測してたんだろ!?何が目的だったんだよ、あたしがこうして暴れてるのもそんなにおかしいかよ!!!」
「雅紀ちゃん」

 


 振り向けば、眠たげな眼をした姉が開いたドアの向こうに立っている。迷惑そうだということはないから、心配されているのかもしれない。
「雅紀ちゃんもわたしと寝よ」
「嫌」
「寝よ、明日もお仕事でしょ? そんな顔じゃ怒られちゃうよ」
 くい、とあたしの腕を引く力は心なしか強くなっている気がした。目は相変わらず澱んでいるけれど、確かに気遣われているのだろう。
 そのまま白穏の寝室に引きずり込まれていく。明日のスケジュールを確認することができないのが、少しだけ気掛かりだった。