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硬質

学習

礼と音死後

 

プレイシナリオ:腕に刻まれる死

 

 

「おやおや、貴方から『友人』などと聞こうとは! これは明日火事地震霰ついでにオヤジがやってきますよ」

 

 ケタケタ喧しい笑い声がこだましている。そういえば自分から他人を友人と称するのは初めてだったかもしれない、と淹れてもらった紅茶を啜りながら思った。

 第一オヤジはもうここに二人揃っているだろう、という突っ込みはさて置いて、何が面白いのか対面する男は笑うばかりである。一体何がツボだったのか、俺には分からないが一先ず落ち着くまで待つことにする。

 ヒトは、関係性に名前を付けたがる。分類を与えたがる。それにより感情を揺らし、愛着を形成する。故に対象が死んだ場合、感情の起伏に変化を及ぼす。

 成る程こういうことなのか、笑う男に若干の苛立ちを覚えながら実感する。この胸に空いた妙な喪失感も、嘲笑われている気がして抱く腹立たしさも、そしてそれに声を荒げる気の起きない気怠さも、すべて。

 それならばあの女はとんでもない刷り込みを俺に与えていったものだ。だが悪い物には思えなかった。

「いや、はや、笑ってしまってすみませんねぇ。 貴方を馬鹿にするつもりはないのですよ、ただ私は驚くほどそのご友人自身には興味がない」

「貴方、今どんな気持ちです? きっと貴方は滅多に抱かない感情でしょう?」

「あー……まあ、そうだな。 凡そお前の思う通りだ、昭次」

「ですよねえ、まるで宝物を喪った少年のような顔だ!」

 男はケタケタ相変わらず笑っている。そこそこに付き合いのある男ではあるが、何度対話しようと訳のわかる相手ではない。ただ男は、たまに顔を見せろと俺に言った。俺は律儀にそれを守って、暇潰しに話をする。今回は俺が入院中なので、珍しくこの男の方から来たのだが。

 元々、俺には暇が多い。暇があれば知人の顔を見、何か起こっていないか確認しているので、暇ではないと言えばそうなのだが、それ以外にすることはない。だから俺のする話は、そんなに色とりどりのものではない。

 反面、この男はこうも奇天烈なだけあり話すことは面白い。内容は日常に転げ落ちているモノだが、感性の違いが激しいのか抱くものが全て違う。

「私が妻を亡くした時は、そんな顔できませんでしたよ」

「何故だ?」

「何故、と言われましても。 何もなかったんですよねえ、悲しみも、怒りも、恨みも。 ただ歌が嫌いになったくらいか」

「歌」

「ええ、CDなんかはまだ我慢できますがね、歌番組なんか見ると、テレビをだめにしてしまうんですよ」

 別に俺はインターネットが恐ろしくなった、ということはない。そういう違いだろうかとぼんやり考える。エピソードは知らないが。

「……あー、アレです。若者言葉で虚無ってやつですよ」

「虚無」

「多分私達には空虚だとか、その方が馴染みあるかと思いますが」

「成る程」

 空虚。

 それならこの喪失感も説明できそうだった。今ならゆるい風でも通し、冷たさが沁みそうな穴に、空虚という名前はぴったりと当てはまる。これを塞ぐにはどれだけの時間を要するだろう、この皮膚を治すまでには小さくなるのだろうか。あまり経験がないから分からない。人の死は歳の割に見てきた方の筈だが。

 思うに、彼女は確かに俺の数少ない友人だったのかもしれない。友人の定義は知らないが、そうでもしないとこの喪失感を説明できそうにない。

「まあ、これを機に新しく友人でも作ったら如何です、貴方の性格じゃあやたら難儀しそうですが」

「……友人の定義は何だと思う?」

「私にそれを聞きますかね。 私としては、談笑を楽しめる相手をそう呼びますね」

「喋り好きだしなあ。ふーん」

「参考にならないでしょう! よしゆ」

「おま、誰が聞いてるか」

「別にいいじゃないですか。 貴方の名前も泣いてますよ、ええんええんと」

「この、」

 引っ叩いてやろうかと腕を振り上げたが、やけに真剣そうな顔をして俺を見ていたので思わずその手を降ろした。

 

「名は、貴方だけのものです。貴方そのものを表すモノです」

「貴方は『根間儀礼』ですか? それが貴方でありますかねぇ」

「……哲学を俺に振るな」

「おやこれは失敬。感覚に障るのはお嫌いか」

 けせらけせらとまた笑って、男は紅茶を「詩子の分」と称し流しに半分捨てた。

 

「話の錯綜するのはよくあること。人は死にゆくもの。貴方はどんなものです?」

「だから哲学を俺に……いや、いい。俺は定義し難いものだ」

「ええ、人類須らくそんなものです。何故不定形ではないか不思議な程ですよ」

 珍しく正解だったようだ、男はぐいと一気に紅茶を飲み干した。もうすっかり冷めていたというのもあるが、これはこの男なりの『今日はお開き』の意らしい。以前理由を聞いた時は、わざわざ終わりと言うのは無粋だと返答された。

 明らかに言語は違う人間だが、どうも面白く感じる辺り俺はこの男の定義の中で「友人」を感じているらしい。

 他人の定義を借りるのはどうにも癪だが。

「それ、私もなりたかったものです」

「いや、早く治せよじゃねえのかよ」

「貴重な体験じゃあないですか! 貴方は喜ぶべきです、なので私はお大事になど言いません」

 手際よく食器類を片付けながら、男は心底残念そうに言った。何を馬鹿なことをと言いたいところだが、これがこの男、苴川音死後と名乗る男という生き物であることに慣れすぎて目新しい反応を返せない。

 水を流す音、モノを拭く音、カップを仕舞う音、それを順繰り追いながら男の手際よさを実感する。怠惰にしやがってと内心毒付き、少し肩の荷を降ろせた気がした。

 それじゃあ、と頭上に声が降る。

 後には空虚と俺の身体だけが残った。