女の子生きろ豚は死ね
妹とかいう碌でもねえ生き物
汐見萌音とその仲間達
1
「モネその子はやめた方がいーよって、最初に忠告したよ?」
いつも僕の方が見下ろしてるのに、今日は彼女に見下ろされている。
理由は明白だ、僕が彼女とよく落ち合う公園にあるブランコに乗っているからだ。人はセンチメンタルになるとブランコに乗って哀愁を漂わせるごっこなんてする、ソースは僕。
彼女の影の中にいる僕は、頰に青痣とかが出来てて如何にもなんかの事後感を醸し出している。というのも、彼女に暴行されたので命からがら逃げてきた。笑顔が可愛くて、料理上手で、僕のこと愛してくれたけどとんでもない構ってちゃんだった。そして相性の悪いことに、僕も構ってちゃんなのだった。
与えられたい二人が与える気がないならすれ違うのも当然だし、もやしっぽい僕は結局口論の末に殴られたりする。いつもそうだ。そして彼女はそれを予想していたという。だけど彼女がエスパーなのかといえばそうでもなく、多分僕が底抜けにばかなのだと思う。
「……僕ってそんなに見る目ない?」
「全くない」
「はあ、そっか。今度こそ僕だけを見てくれるって思ってたのに」
「類の場合、多分そういう相手が見つかったとしてもヤンデレだと思うけど?」
「いいよ、僕をみとめてくれるなら」
自分で言うのも何だけど、多分僕は凄く澄んだ目でそう答えた。そして萌音がふかい、ふかい溜息を吐く。ルーティンだ、けど僕はこれでも結構満たされる。彼女はよく付き合ってくれるなって思う。
感心ついでに僕は立ち上がって、パンツのポケットに手を突っ込んだ。彼女は今日遅番で、今は朝の4時半くらい。朝方は冷える、僕みたいな脂肪分の足りない人間には中々堪える。
「飲もうよ、全部忘れよう」
「モネもう仕事で飲んだ」
「まだイケるでしょ、ねーお願い」
「やーだぁーーーー」
そう言いながら結局付き合ってくれる彼女が割と好き。だけどこれは流動しないから恋じゃない。恋は流動するから終わるし、愛に可変しなければ今日みたいに大体殴られる。多分彼女に持ってるのは『愛』の方。
多分だけど。
多分だけど、彼女が僕を愛してくれるから、僕は彼女に愛を持てるんだと思う。そして多分それは友愛ってやつで、僕の求めてる物じゃないけど、心地はいいものであって。
僕がその気になればこの予想を塗り潰して恋に置き換えることだって容易だ。僕が惚れっぽいのなんて神様より僕の方が知っている。けれど恋って流動するものだから、敢えて愛に名前を付けてない。
「……我ながら気持ち悪いな」
「いつもじゃん。類はキモいよ自信持って」
「モネひどい、僕にもお客様対応してよ」
「おかねちょーだい」
彼女は怠そうに手で円マークを作って、僕を一瞥すると歩き始める。その足取りはちゃんとコンビニに向かっているのが見えて、僕は安心して後を追い始めた。
………………
2
機嫌良さげに大学の話をするこの女のことは、正直好きじゃないけど多分そう言えば悪者になるのはあたしなので口を閉ざすことしかできない。
彼女の話は彩られた大学生活と、丑米というやたら話題に挙げる女性のことと、星の話と。どれもこれもきらきらとしていて、寧ろあたしには毒のようなものだった。ちょこちょこと自分の至らなさとか、病弱さを交えたようなエピソードが混じるのがまたなんとも、勝手に苛立ちを募らせていけなかった。
あたしももっと『妹』が上手くなりたい。そうすればきっと、あたしだって上手く生きることができるはずなのに。家を出てシェアハウスに住んでも、何かに怯えなくて済むようになる筈なのに。
「……何だか私ばっかり話しちゃいましたね。 萌音さんは最近どうですか?」
「どう? 普通だよ、仕事もそれなりにチップ貰えてるし、大検とか取ってそこそこ勉強しながらやる事考えよっかなって」
「でも萌音さんの仕事ってその…… 水とかって言われるヤツですよね。色々大変じゃないですか?」
「もう慣れたよ」
苦虫を、嚙み潰しながら、一呼吸置いて。
どうして彼女と再び出会う羽目になってしまったのだろう、氷の溶けたキャラメルラテを啜って回想する。それは自分の成した人脈の弊害としか言いようがなく、小首を傾げる動作をしながらストローを噛んだ。
同情とその裏にある無意識な侮蔑と受け取ってしまう脳がいやに殺伐としている。のうのうとあたしの羨む立場からそういうものを投げかけてくる彼女がどうしても好きになれない。
別に好きでこんな仕事してない。好きで身支度に長い時間かけてない。ラクになる為に勝手にやってるだけ。女はカワイイ方がラクだから。
「尊敬しちゃいますね」
じゃああんたもやってみる?
……勿論、そんなシーンはキャラメルラテで無理矢理腹に流し込んだ。多分酷い顔で吐き捨ててしまうのが目に見えてるから。
「萌音さんは頑張っていると思います。 妹さんがあんなことになっちゃっても、それで自分まで酷い目に遭っても、こうしてやることが見つけられているんですから」
「そう、かな」
「ええ、胸を張っていいと思います!」
ああ、どうしてこんな女に置いて行きたかった昔の話まで全部知られてるんだろう。
あんたなんかに褒められても全然嬉しくない。それに、多分あたしあんたが絶賛する程頑張ってない。あんたなんかにあたしの何が分かるんだ、余計な言葉を紐で括り付けた褒め言葉なんて尚更いらない。あんたがそんなキャラじゃなければ、あたしじゃなくてあんたがああなっていたはずなのに。
ヒステリックを舌で丸めて、キャラメルラテで嚥下する。
理解っている。賢く生きるなら、こんな所でみっともなく喚き散らすべきじゃないって。
「……っと、話のキリがいいとこで出勤の準備しなきゃ」
「あら、そんな時間でしたか。頑張ってくださいね!」
「ありがと」
会計を済ませたあたしを見送る彼女は、いつもと同じ可愛らしい笑顔をしていた。